書評:トヨタ物語
トヨタ物語 (強さとは「自分で考え、動く現場」を育てることだ)
- 作者: 野地秩嘉
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2018/01/18
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (1件) を見る
総評
生産現場の系譜からトヨタの歴史を辿ろうという試みは良いと感じた。ただ、トヨタへの肩入れが強いことと全体構成に不満が残る。
良かった記載
ベンチャー時代のトヨタの描写が豊富
トヨタ自動車といえば今や日本のトップ企業だが、創業当時はベンチャー企業だった。そのあたりの話がエピソードとともに載っているのが興味深かった。
トヨタが自動車生産を始めたのが1937年くらいからで、開戦までトラックがバンバン売れていたのに戦時ではトラックが軍に徴発されちゃうから民間企業がトラックを買わなくなったとか、戦後のインフレに耐えられず倒産の危機になって労組との争いの結果社長が辞めたりとか、ベンチャーらしく時流に揉まれながら生き抜いていた。
トヨタ生産方式といえばカンバンとかジャスト・イン・タイムとか色々言われているが、煎じ詰めると「ベンチャー企業が大企業(GMとかフォード)と戦って生き延びるための方法論」なんだ、ということが時系列で追うとよくわかる。ベンチャー企業であるトヨタ自動車は資金的に余裕がないので仕入れた材料を早く売って売上を立てて資金ショートさせない必要がある。なので仕掛かり品をできるだけ減らす必要があるし、不良品も無くさなくてはいけない。在庫が減れば倉庫代もかからなくて済むし。そこから始まった、と考えると大量生産による原価低減の逆を行くような仕組みも腑に落ちる。
大野耐一がなぜトヨタ生産方式を具現化できたのかわかる
トヨタ生産方式を思いついたのは初代社長の豊田喜一郎だが、工場の生産ラインのなかで具現化していったのは大野耐一(とその弟子たち)である。ではなぜ大野耐一が具現化できたか、というと紡績工場での経験があるから、ということがわかる。紡績工場という異分野の生産体制を理解した上で自動車工場に落とし込んでいたのでイノベーションが起こった、と考えられる。
疑問に感じた記載
トヨタへの批判に適切に応答していない
書籍の中ではトヨタやトヨタ生産方式に対する外部からの批判が記載されている。だが、著者はその批判に対して実態を調べることなく「理想的なトヨタ生産方式ではこうはならない」「トヨタ関係者はこのように話している」といった記載を繰り返し、疑問に適切に答えていない。
例えばトヨタがいわゆる「下請けいじめ」をしているのではないか、という批判についてこのように書いている
トヨタに限らず、メーカーの人間は協力会社の人間に「お前のところは下請けだから」といった表現を使うことはない。メーカーの人間は協力会社がなければ自分たちがなりたたないことをよくわかっている。(中略)
だが、政治家、マスコミ、仕事の現場を知らない大多数の人は大企業に製品を納入する業者を「下請け」「孫請け」と呼ぶ。実際の現場でそういう呼び方をする人は、ほぼ、いないにも関わらず……。(P.281-282)
このようにトヨタがまるでそういう行いをしていないかのように書いている(直後にも「トヨタは元々過酷な要求をしていない」と書いている)。しかし、相手をどう呼ぶかはともかくとして「下請けいじめ」的な実態があることは下記報道等から明らかである。
トヨタに「異議あり」 新日鉄住金と2重価格:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39889090Q9A110C1000000/
ノンフィクション作家とはいえ、ここのバランス感覚が明らかにトヨタに傾いており、非常に違和感がある。トヨタにならって「現地現物」で実態を把握するべきではないか。
もしくは、取材に協力してくれたトヨタを批判する文章が書けないなら、世間に対する反論を無理に書く必要はなかったと思う。
山場がよくわからない
物語の最初にトヨタのアメリカ初の工場ケンタッキー工場の話が挿入されており、いち読者としては「ケンタッキー工場という国も人種も違う人たちに対するトヨタ生産方式の移植が、本の山場なのかな」と期待して読んだ。しかし、そこはかなりサラッと語られてしまう。後半からは生産方式を広める人たちの人物伝や豊田章男の半生になってしまい、生産方式が各現場でどのように進化していくのか、移植していくのかというテーマはあまり触れられないのが残念だった。
雑誌連載をもとにしてる以上仕方ないとはいえ、もう少し全体構成に工夫が欲しい。